@財政再建のリーダーとして
極貧生活の渦中でも貧困を嘆いて終わらず、常に書物と共に歩み、知識を実践に移す地道な努力を終生続けた結果、家業から藩、幕府の財政再建を引き受けた指導者が二宮尊徳である。菜種油の経験で得た悟りから、それ以後「自然の法則と人間性の道理」に基づいて、先ずは当初の目的であった一家の復興を果たし、やがて小田原藩の服部家の財政再建を行い、ついには幕府の直臣として任用され、後世の人々から模範とされた尊徳の人生観とは、一体どのようなものだったのだろうか。
そこには、「入るを計って出ずるを制す」の言葉が示す「収支の徹底」と、武家にしろ農村にしろ、収入に応じて一定の限度をもうけ、その範囲内で生活すれば、余剰金を積み重ねていくことができるとする「分度」の考え方があった。それに加え、
《翁曰く、それ譲は人道なり、今日のものを明日に譲り、今年のものを来年に譲るの道を努めざるは人にして人にあらず。十銭取りて十銭つかい、宵越しの銭を持たぬというは鳥けだものの道にして人道にあらず。鳥けだものには、今日のものを明日に譲り、今年のものを来年に譲るの道なし。人は然らず、今日のものを明日に譲り、今年のものを来年に譲り、その上子孫に譲り、他に譲るの道あり。・・・》(『二宮翁夜話』)
とあるように、「今日のものを明日に譲り、今年のものを来年に譲る」ということで、分度によって生まれた余剰金は確実に貯めていくという「推譲」という方針も徹底した。
そのため、立ち行かなくなっていた服部家等の建て直しも、尊徳の指揮のもと、徹底的な無駄の排除と生活の合理化を実行したおかげで、見違えるように進展していった。
また、尊徳は「働く者が働き甲斐のある方法」を考え、例えば飯炊きの女中が炊き方を工夫して予定された薪を余らせた場合には、褒美としてその余らせた分を買い取ってやったり、奉公人が髪油などの日用品を買う時は、代金を預かってワンランク落とした品を買ってやったり、余った分を貯金したりして、彼らが辞める時にまとめて渡してやるなどして、「倹約の楽しさ」も同時に伝えていったのである。まさに、二宮尊徳は現代で言えば、「優れた経営コンサルタント」であり「再建請負人」だったのだ。
現代でも、いかにコストを抑えてパフォーマンスを上げられるかが、企業経営の改善においても重要であるが、まさに尊徳は、財力を投じるのではなく、今ある資源をいかに最適に運用していくかに着目し、実行していたのである。
現代の地方自治においては、「地方交付税交付金」という名の施しを受けねば財政が立ち行かない「半人前」の自治体が大半で、財政難に直面した自治体の知事も、どうやって国から予算を引っ張り、全額使い切るかに必死である。行財政の質は江戸時代以下になってしまった。尊徳は、『二宮翁夜話』で、「無財より発財する勤倹の法則」という章でも語っているように、まずは「倹約」を断行し、そして生産力を上げる手段を検討していくという「独立自尊」の精神を説き、実際に成果を上げている点では、現代の政治家達よりも優れた手腕を持っていたと言っても過言ではないだろう。
このように、当時の日本は、各藩内独自の力によって財政再建をしていたのであり、そこには尊徳のように有能で熱意ある指導者の存在があった。しかし、現在はどうであろう。困窮すれば、自治体も個人も、すぐに国に責任や援助を求め、自活しようとさえしない姿勢は、偉大な先人達が残してきた思想が生かされていないことでもあり、恥ずべきことだと思わないだろうか。そこには、日本の歴史や古典を軽視してきた頼りない現代人の姿があるばかりである。
A「小を積んで大をなすは自然の道である」
二宮尊徳は、相模国足柄上郡栢山村で、百姓利右衛門の長男として生まれた。一四歳で父を失い、母も亡くなって伯父の家に預けられ、労働と倹約の日々を強いられるが、「ただ馬車馬の様に働くだけでは人間らしい生活が出来ない。いかに生きるべきか」と常に考え、毎晩全ての仕事を終えてから読書に励む日々を送り、「百姓に勉学は必要ない」と伯父に怒鳴られながらも、伯父が寝静まった頃に読むという徹底振りであった。
やがてそんな尊徳に、大きな転機が訪れる。それは、読書を継続するために考え付いたものだったが、五勺の油菜の種を川端の土提に植えて七升ほどの収穫を得、その次は、田植えの後で田圃道に捨てられていた苗を拾い集め、前年の洪水でうずまって荒地になっている処の水溜りを、休みの日を利用して開墾し、その苗を植えたところ、秋には一俵あまりの収穫を得ることが出来たというものである。
この経験は、「全てのものは、これを植えればもとの種子よりもその量を増加する」という素朴な気付きだったが、尊徳にとって大きな感銘と教訓を与えた。「小を積んで大をなすは自然の道である」という真理を悟ったものだったからだ。
尊徳は、書物をただ書物として見るだけでなく、実際に天地国家に生かすためにはどうすればよいかを常に考えていた。そこでは素朴な心がけや倹約貯蓄の精神など、今でも盛んに言われていることを大切にしていたに過ぎない。だが、尊徳たち先人の思想に迫るほど、現代は新しいことなど何もなく、全ては先人達の思想の中に既にあることが分かってくると同時に、古典の偉大さを改めて思い知るのである。
【参考文献】
「二宮尊徳ーその生涯と思想ー」(寺島文夫・文理書院)
「二宮翁夜話」(加藤勝也篇・報徳文庫)
「代表的日本人」(内村鑑三・岩波文庫)
>目次へ戻る
|